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Fate クー・フーリン×エミヤ 偏愛サイト TOP画像/Crimo様

Offline - Book-list(2013)

I WILL ALWAYS BE HERE FOR YOU.

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2013年5月4日発行/A5/P52/イベント価格:500円<残部少>

<サンプル>

(この記憶は、誰のものだろうか)
時折、エミヤは記憶が混乱することがあった。
それは、禁忌の魔術の使いすぎによる記憶の混乱が産み出したものであるのかもしれない。
夢で見たのか、それとも現実に在ったことなのか、自分自身でも判断がつかないものが混在している。
固有結界を使えるようになってから、それは加速した。
肌も髪も瞳の色すら変わり。それだけではない、身体の細胞ひとつひとつが、かつてないほどに変わって行くのがわかった。
それはまるでたちの悪いウィルスに侵蝕されるがごとく。
エミヤは、どんどん人ではなくなって行く。
手足の感覚が徐々になくなり、目が見えづらくなり、聴こえづらくなる。今に全てを失うのだろう。
禁呪を日常的に行うということは、そういうことだ。
まだかろうじて全ての機能は失われてはいないが、戦闘の時などは魔力でそれらを補っているありさまだ。
日常的にはあまりそれは使っていない。五感がかなり鈍っていても、全く感じない訳ではなく――何かしたい事、欲しいもの、娯楽を求めてなどいないエミヤには不都合はなかった。
使い道のない報酬で金には困っていないし、金さえあればこの世は何ひとつ不自由せずに過ごせる。
薄暗い、音も遠い世界を本人が何も思わなければ。
それでも、自分には却ってそれがよかったのかもしれない、とエミヤは思う。
薄い膜を張ったような世界との断絶は、心をフラットに保つには最適だ。
『ありがとう』
その一言の背後には、いくつもの――拾い上げられなかった声がある。
『助けて、――』
差し伸べられなかった、手。
『地獄へ堕ちろ、この偽善者がっ』
『殺してやる』
投げつけられる怨嗟の声。
『――どう、して? どうして、この子が死ななくちゃならないのっ!』
オマエデハナク。
答えられない疑問にも。
心を乱されなくなるのなら。この薄暗い世界も悪くは無い。
(ああ――)
流すのは涙ではなく、血である。
世界を救いたいという気持ちは常に心の奥底に確固たる信念と共に在り続け。
けれども目の前の人ひとり救えない自分はいったい何なのだろうかと心が血を流し続ける。
見捨てなければならない命など。
ほんとうは、ひとつだって取りこぼしたくなどないのに。
だって。
あのひとは、
オレを。
死の淵にいたなんのよすべもない子供を、命がけで助けてくれたのではないか。
自分こそが、救われたような笑顔で。

エミヤはゆっくりと、目を閉じると、詠唱を始める。

『――告げる』

かつて、冬木の地で起こった五度目の戦争。
その時には気がついたら騎士王が召還され、自分を助けてくれた。
ああそういえば、あの時はあの英霊に殺されかけていたんだっけ――。
蒼い閃光のような、最速の。
赤い瞳と魔槍。
その、美しい獣のような姿を心に思い浮かべる。

(もうすぐ、逢える……)

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