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Fate クー・フーリン×エミヤ 偏愛サイト TOP画像/Crimo様

Offline - Book-list(2013)

Anther

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2013年7月14日発行/A5/P50/イベント価格:500円<残部少>
表紙:森鳥人様

<サンプル>

 夜の街を走る。
 サーヴァントの目には闇夜でも全く差し支えはなかった。しかも今夜は満月である。蒼い月光が全てを照らし、人の目でも行動自体は可能であったろう。
「よう、追って来たな」
 低い、愉しげな声が響く。
 新都との境にある大橋。その陸橋に立って青い戦士はその髪を靡かせて己を追って来た男を睥睨する。
 美しい、姿であった。
 風に靡く髪は月光を反射して煌き、すらりとしたまるで肉食獣を思わせる引き締まった体躯は黄金率を兼ね備えていて。神に愛されて産まれた姿であるのだと一目で知れた。
「決死の覚悟を抱いて来いと俺は言った。――死ぬ準備はいいか、何処の誰とも知れぬ弓兵」
「そちらこそ。一日に一度の戦いを誓いとしたはずだ。それを破るにはいろいろと制約が有るのではないか?」
 ランサーは面白そうに眉を上げた。
「やはり有名すぎるのも考えものだな。……オマエ、俺と戦ったことがあるのか?」
 幾たびもこの世に召還され、英雄同士が戦う機会は聖杯戦争だけではなく在った。けれどもアーチャーとランサーでは格が違う。
 人類が滅びに向かう時に呼び出され殲滅を行う掃除屋と、人に崇め奉られ神格化された英雄と、どうして聖杯戦争以外で出会うことがあるだろうか。
「いいや、“私”は、君と戦うのは初めてだ。君ほどの英雄が、聖杯戦争に何を願う?」
「は、願いなんざねェさ。ただ、戦う事のみ――」
 ひゅん、といっそ優雅とも取れる旋回を見せ獣の俊敏さでランサーが橋の袂に在る広場へと降り立つ。
「けれどもちと今回は意に添わねェ事の連続でね。さっきもセイバーとの戦いにケチを付けられたし――オマエとは二度目の戦いだ。存分に殺し合おう」
 一体どんな制約があるのか、一度目に戦う相手とは決着をつけてはいけないらしいと、アーチャーはその言葉で納得する。
「ああ、いいとも――ランサー」
 戦いをするには充分な広さのそこは、深夜になれば人も寄り付かず、決着を着けるには良い場所であるといえた。
「どうした、弓兵。距離を取らねェのか? てめェの本分は弓だろう、伊達にアーチャーのクラスで現界したワケでもあるまい」
 両手に陰陽の夫婦剣を構えたアーチャーに、ランサーがそう嘲笑う。その剣技は先の校庭で充分に味わったが、本気を出していなかった自分には最早通用しない。けれども対峙した弓兵はあの年は若いが優秀なマスターがふんだんに魔力提供してくれるのか、万全な状態だ。その身体から溢れ出んばかりの一級品の魔力は今の自分には涎が出るほど欲しいものだ。
(全く、不公平なこった)
 長引けばこちらが不利、と槍兵は一気に畳み掛ける事を決める。
「君には矢避けの加護があるだろう? もし弓を番えるのなら姿を見せずに行うさ、その魔槍が届かぬ範囲でもあるし」
「己の手の内を晒すのは、どういった心境だ?」
「君だけが私に全てを知られているのは不公平だと思ってね。負けた時の言い訳にもなるし」
 ニヤリと不遜に笑うアーチャーを、ランサーは面白そうに見返す。
「挑発が上手いな、弓兵? ンなことをしねェでも存分に戦ってやるさ」
 右手に握った真紅の魔槍をくるくると回し、はし、と両手で掴む。軽く開いた両足は膝を曲げ、腰を落とす。いつでも瞬時に獲物に飛びかかれる豹のように、そのしなやかな身体は力を溜め、アーチャーに相対している。
 アーチャーは小さく笑う。
 感じる魔力量はごく僅かで、この槍兵があと一度きりしか戦闘に耐えられないだろうと知れた。先ほどのセイバーとの戦いが効いているのだろうし、元々魔力の供給量が少ないのかもしれない。
 ――かつて、人間であった時の自分のように、未熟なマスターであるのかもしれない。そういえばこの男はセイバーとの戦いでも、自分を殺したときにも、マスターを臆病でつまらない奴だと罵っていた。今も陣営に戻ることを命じられているのにそれを無視するランサーは、魔力供給を受けられていない。なのに全力で己に相対する戦士の誇り――全く吐き捨てたくなるほどにいまいましく、美しい。
 対する自分は、一流の魔術師である凛から充分な魔力の供給を受けている。同条件なら相手にもならないほどの差異があり策を弄しなくてはいけない相手だが――今の己であれば充分に戦える。いや、こちらのほうが宝具の使用も潤沢に出来るという点では圧倒的に有利であろう。
 アーチャーが本気でランサーを殺す気であれば、どこかで待ち伏せるかあるいは根城を突き止めて遠方からその宝具――赤原猟犬で射止めるのが一番である。犬を殺すのに犬を使うのは何という皮肉かと苦笑が洩れる。ああほんとうに、己はこの英雄が嫌いらしい。殺せることがこんなに嬉しい。
 けれども今したいのは一方的な殺戮ではない。
 青い疾風がまるで雷のような鋭さで槍を振るう。
 全てのものをなぎ倒し、破壊し、消滅させるその魔槍をしかし。
 アーチャーは紙一重で避わし、その軌道を刀でもって変えさせ、ガッチリと受け止め。
 次は自分の番だとでも言うようにまるで舞うような剣技で鋭い刃を振るう。
 必死の一撃をお互いに繰り出し。
 まるで先の戦いの再現の様に――鉄のぶつかる音が月夜に響いた。

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