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Offline - Book-list(2013)

SPARK! 軍パロ合同誌

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2013年10月27日発行/A5/P180/晶さん、皐月さん、篁弥生さんとの合同誌<完売>
表紙/口絵イラスト:森鳥人様

<奈倉分/サンプル>

「よう、アンタ! えーと、アーチャーっつったけ。サンキューな!」
 深夜。
 他の者が寝静まった頃、再び訪れた格納庫でやはり想像通りアーチャーはゲイボルクに張り付いて整備の真っ最中だった。
 オイルで己の顔を汚していても、機体には汚れ一つない。
「すっげェ乗り心地良かった、司令官に感謝だな。アンタみてェな凄腕の整備士を引っ張って来てくれて」
 尚も賛美を続けるランサーに、ちら、と視線を向けただけで、アーチャーは作業の手を止めない。
「若いのに凄ェな、どこでその腕を磨いた? 民間会社の整備士やってたってェけど、最新式の戦闘機を触る機会なんてなかったろ。なのに一晩でここまでコイツを仕上げて」
「身上調査をしたいのか?」
「えっ」
「帝国軍のエースパイロット様の機体に触れるには司令官のお墨付きだけではご不満という訳だ」
 はじめてまともに口を開いたアーチャーは、その外見に見合った甘く低い美声であった。その口調が酷く冷淡なのにそんなに不快に感じないのはその声のせいかもしれない。
「そういうんじゃねェよ、単に知りたいだけで」
「あいにくと私には君の好奇心を満たすのに付き合う義理はない」
 そっけなく言い切り、アーチャーはランサーに背を向ける。
「仕事の邪魔だ、出て行ってくれないか」

(何だアイツは!)
 ランサーは怒りの余り、ボス、と枕に八つ当たりの拳を入れる。
 ゲイボルクの仕上がりが余りにも良かったから、つい嬉しくなってしまった。もしかしてそんなに嫌なヤツではないのかもしれない、と歩み寄る姿勢を見せたらやっぱり嫌なヤツだった。
「けっ、俺だって別にオトモダチごっこしたい訳じゃねェっつうの」
 無視だ、無視。
(……チッ、なんなんだよアイツは)
 無視しよう、と思っているのに。
 気になって仕方がない。
 毎日、ゲイボルクの調子は右肩上がりになっている。
 ランサーの癖に合わせた仕上がりになって行くのだ。
 どんなに無茶な操縦をしても、それに応えてくれる機体。まるで理想の具現化だ。
 出力すら上がっているのは、何か改造でも加えたのだろうか。
 熟練のあの老整備士を超えた仕上がりに、瞠目するしかない。
 そしてそこまで〝自分〟を理解しそれに合わせて調整してくれる男に対して、無関心やましてや敵意を持ち続ける等無理な話であった。

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 元々がランサーはキッパリした男らしい性格である。
 戦闘機パイロットは常に現実主義者だ。己の感情よりも理論や客観的事実を優先しなくては、空では生き残れない。
 ゲイボルクに搭乗すれば、いかにアーチャーが心血を注いでくれているのかが丸わかりだ。
 それは仕事であると言ってしまえば終わりろうが、それだけではないものを感じる。
 確かにこの間の質問攻めは良く無かったかも知れない。ランサーには悪意はなかったが、今までに同じような質問を悪意を持ってされていたのかも知れないのだ。
 あの時の事を詫びて、改めてゲイボルクへの真摯な取り組みに礼を言い、別に友達になろうとは思わないがパイロットと整備士として良好な関係を築きたいと誠意を持って相対すれば、いくらなんでもそんな邪険には出来ないだろう。
 この仕事振りを見ればわかる。アーチャーは真面目で真摯な男だ。
 食事の時にさりげなく近くに座って世間話からはじめて――と険悪な関係をなんとか改善したいと思ったはいいが、アーチャーは昼夜逆転の生活をしているらしく、昼間の食堂で見かけたことはなかった。
 ならば夜ならどうだ。
 また仕事の邪魔をするなと邪険にされ兼ねないが、ゲイボルクの機体について相談がある、とでも持ちかければアーチャーもその耳を傾けるだろう。
 差し入れにと缶コーヒーを買い、格納庫へと向かう。
(――ん? 誰かいるのか)
 ゲイボルクの前に、二つの影があった。一人はもちろんアーチャーのものだが、もう一つはこの基地の若き司令官のようだ。なんとなく邪魔してはいけないような気がして、ランサーは物陰に隠れた。
(いや、立ち聞きじゃねェぞ、声をかけるタイミングをだな……)
 自分に言い訳してみるが、立派な立ち聞きである。
「アーチャーの作ったアップルパイが食べたい。カボチャのパイでもいい。材料がなければドライフルーツのパウンドケーキだっていい。とにかくこの基地のデザート事情は最悪なの、女子が少ないからかしらね、売店にだってプリンくらいしかないのよ?」
 ぷりぷりと怒りながら凛がしきりに訴えている内容は、年齢相応な少女の物だった。
 思わずランサーは苦笑する。鬼司令官が随分と可愛らしい。
 そして同じ事を思ったのか、ねだられたアーチャーは仕方がないな、と小さく笑った。
「ふ、では次の休みにでも作ろうか」
「約束ね?」
 甘えた声に、驚きを隠せなくて、ランサーは思わず身を乗り出した。
「ああ、君は甘い物が好きなくせに、甘さ抑えめがいいんだろう?」
 そうよ、と凛がはしゃいだ声を上げる。
 あの二人はもしかしてそういう関係だったのか? と思ってしまうほどに凛は少女じみていたし、アーチャーの声も甘やかだ。きっと表情も穏やかに笑っているのだろう。
 尚も色々と言いつのる凛の声に、穏やかな返しが続く。
 邪魔することなど出来なくて、両手の缶コーヒーが冷たくなる頃、ランサーはそっとその場を離れた。
 チクリ、と胸が痛む。
 自分はあの司令官を密かに狙っていたのか?
 確かに可愛らしくて大変好みの外見をしていたが――恋愛対象にするには若すぎだし、そういう意味での好意は無かった筈だ。
 なのになぜこれほどショックを受けている?
 とても親密な二人を見せつけられて――。嫌だ、と思ってしまったのは何故だ?
 意味がわからなくて、ランサーは小さく息を吐いた。

 ある日。
 ランサーが食堂から出てくると、廊下でアーチャーを見かけた。
 昼間に彼を見るのは初めてで、思わず足が止まる。
 声を掛けてみようか、どうしようか、一瞬の迷いは、彼がいきなり女性に腕を取られた事で吹っ飛んだ。
 真っ青な顔で、それでも女性を突き飛ばしてはいけないと逡巡しているのが解る。弱々しく女性の肩を押しやるが、若い彼女はそんな事はおかまいなしに、豊かな胸をアーチャーの腕に押しつけて性的なアピールをしていた。今度一緒に食事でも、としきりに誘っている。
 売店に最近入ったアルバイトの子だ、とわかった。
 見た目が良い若い軍人に片っ端からコナを掛けているのは、一番自分を高く買ってくれる相手と結婚したいのだろう。ランサーも数日前に声を掛けられたが、軽く躱して完璧に脈が無い事をわからせた。ああいった手合いはきちんと拒絶しないと付けあがる。
 何をしているんだアイツは。
「司令官がこちらに見えるぞ」
 そう声をかけると、女性は慌ててアーチャーから離れ、きょろきょろと辺りを見回す。早く職場に戻った方がいい、と警告するランサーが、己をあっさりと振った男であると見て取ると気丈にも睨み付け、彼女は小走りに去って行った。
 去り際に〝このインポ野郎〟と口汚く罵って行ったのは
〝悪い、アンタじゃ勃たねェから他を当たってくれ〟と先日言ったお返しであろう。もし彼女がランサーのみを狙って声をかけたなら優しくお引き取り願ったが、誰彼構わずその内の一人、という扱いではこちらもそれなりの対応をせざるを得ない。
「おい、大丈夫か」
 うっ、と口元を押さえるアーチャーの服を掴み、ぐいと物陰に連れ込む。

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