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WILD WIND -馬乗槍×格好良い弓 合同誌-

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2013年12月31日/A5/P100/皐月さんとの合同誌/イベント価格:1000円/通販取扱:とらのあな様一時的に在庫切れ
表紙:武居幸士様

<奈倉分/サンプル>

 今度の目覚めは、酷く穏やかだった。
 なんとか身体を起こす。どうやらそんなにも酷い怪我ではなかったようで、息をするのは苦しいが、動く事は出来た。くう、と腹が鳴る。そういえば、夕食も摂らずに寝ていた。
 時計も何もなく、時間が解らないが――今が夜だというのだけはわかった。確か、電気もなくランプを点けるんだったか。
 そろそろと起き上がり、ベットから足を下ろす。ヒヤリ、と冷たい感触に身体を竦ませながら、窓に近づく。カーテンを開けると、明るい月の光が差し込み、なんとか室内の様子がわかった。ご丁寧にサイドテーブルにランプとマッチが置いてあり、それに手を伸ばす。芯を出して、火を点けると、ぼんやりとした灯りが室内を照らした。
(ランサーは……?)
 小屋――と言っては大変失礼だが、そうとしか言いようがなかった――をぐるりと見渡すと、外へと繋がるドアの他に、もう一つ扉が見えた。そちらが彼の寝室だろうか。そっと気配を辿るが、人がいるようには思えない。
 なんとなく寝付けず、外への扉を開ける。
 夜の牧場は静まりかえっていた。少し離れた場所にある牛舎も静かで、牛たちも眠っているのだろう。と、突然、何かの視線を感じた。
 遠く、柵の向こう側にいるのは――
(あの時の……?)
 ずきん、と胸が痛むのを堪え、思わず数歩駆け寄る。
 その美しいシルエットは、まさしくあの事故の時に私を覗き込んでいた巨大な獣だった。
 月の光を受け、煌めく蒼い毛並み。
 美しい姿だった。
 まるで王者のような佇まいで、思わずその姿に見惚れてしまう。
 その巨大な狼は、私を一瞥すると、そちらを見ろ、というように彼の後ろを鼻先で示し、一瞬後には消えていた。
(……?)
 痛む胸を抑えながら、狼の指し示す方に近づくと、そこには。
 木の根っこに足が嵌まり、動けないでいる子牛が、震えていた。

「また逃げ出したのか? セキュリティが甘いのではないかね……」
 なんとか足を外し、擦り傷にハンカチを裂いて子牛の足に巻いてやると。子牛はつぶらな瞳で私を見上げ、嬉しそうに鳴いた。
 本当なら抱き上げて帰りたいが、たぶん肋骨にヒビでも入っているのだろう、屈んだ途端に酷く胸が痛んだ。
「悪いが君の方は軽傷だ、頑張って自分で歩いてくれるかね?」
 んみゅ? と可愛く鳴いて、子牛がとたとたと歩き始める。
「いい子だ」
 ゆっくりと、子牛の後を付いて牛舎へと戻る。
 牛舎の扉はきちんと閉まっており、子牛がいったいどこから逃げ出したのか不思議だった。猫用扉の様に、中から押すと開いてしまう場所でもあるのだろうか。ランサーに言ってきちんと修繕しないと、また何度でも逃げ出して、最悪、怪我だけでは済まないかもしれない。がたつく扉をそっと開けて、牛舎の中に入る。ぷうん、と獣の匂いが鼻に付いたが、きちんと掃除されているのだろう、それほど不快な物とは感じなかった。
「君の寝床は何処かね?」
 子牛は明らかに違うだろう、という場所へ柵の間から入り込んで、清潔な寝藁の上にちょこんと座った。
 白い大きな馬がじっとこちらを見つめている。馬は警戒心が強いという。きっと見慣れない人間がいきなり入って来たので不審がっているのだろう。けれども煩く騒いだりしない所を見ると、かなり肝が据わった馬なのかもしれない。
「すまないが、その子は脱走の常習犯らしい。見張っていてくれると助かる」
「なんだ、また脱走してた?」
「えっ」
 いきなり馬に返事された? と思ったが、良く見ると馬の奥に青い男が寝ていた。
「何故こんな場所で――」
 言いかけて、はっと気付く。やはりあの扉の向こうは物置とかそういったもので、ベットは一つしかなくて。それを私が占領してしまったから、こんな場所で……。
「悪いな、連れて来てくれたのか」
「あ、ああ。ロボがこの子の場所を教えてくれて」
「ロボ?」
 ああ、シートン動物記の、とランサーが頷く。
 思わず勝手に狼王の名前を付けてしまった。子供の頃読んだあの話ですっかり狼のファンになった私は、その後物語で狼が悪者として書かれていると酷く憤慨したものだ。
 似合ってるな、と同意されて、気恥ずかしさと嬉しさにどう答えていいか解らず、ああ、と返事する。私の悪い癖だ。いつも凛に叱られた――何故そう、嬉しい時に特に無愛想になるの、と。そんなの、自分が知りたい。
「アーチャーも会ったのか。あいつ、すげェ頭いいからな」
「とても綺麗な狼だった。狼は群れを作るというが、彼はひとりなのか?」
「――だな」
 ランサーが小さく笑う。その寂しい笑顔の意味を計り兼ねて質問しようとしたが、
「それよりも、寝てなくていいのか? まだ痛むだろ」
 遮るように言われて、ああ、と頷く。
「少し、空腹で……」
 胸の痛み以外は、至って健康な身体だ。昼間に眠りすぎたせいもあって、空腹ではとても眠れそうになかった。
「だよな、悪ィ。夕飯に起こしてやれば良かったな」
「いや、こちらこそ世話になりっぱなしで」
「そんなたいそうな世話なんてしてねェし」
 笑いながら起き上がると、パンパンと服に付いた寝藁を払う。
「昼と同じスープと、あとはジャガイモの茹でたのがある。それで構わねえ?」
「十分だ」

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