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Fate クー・フーリン×エミヤ 偏愛サイト TOP画像/Crimo様

Offline - Book-list(2014)

Out Break

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2014年8月17日/A5/P60/カラー口絵2枚付/特殊設定現パロ/イベント価格:700円/通販取扱:とらのあな様
表紙:Crimo様

<サンプル>

『すまんアーチャー、昨日頼まれた血液の解析だが――こちらでは出来ない』
 何故、と聞くアーチャーにとにかく駄目だの一点張りで慌てて通話を切られ、その後は何度掛け直しても繋がらなかった。
(……何故?)
 鑑識の知人には大きな貸しがあり、それを返す形での調査で納得した筈だ。文句を言いつつも、調べると――せめて人間の血なのか、そうでないのか位はすぐに解ると言って受け取った筈なのに――確かに業務以外ではあったが、生真面目なアーチャーがそこまでして調べて欲しいのなら何か事件に繋がるかも知れない事だから、と。
 直接顔を合わせて事情を聞こうとしたが、事件は待ってはくれない。アーチャーは相棒の一成と共に署を飛び出した。

 くたくたになって署に戻ったアーチャーを待っていたのは、直属の上司の渋い顔であった。
「……何をした?」
 いぶかしげな表情で見返すアーチャーに、葛木は小さく溜息を付く。
 優秀な刑事ではあるが、時折正義感のためか行きすぎたきらいがあるのは承知していたが、彼のいったい何が上層部のお気に召さなかったのだろうか。
「何をした、と申しますと?」
「質問に質問で返すな。何かヤバイ事に首突っ込んでいないか……あるいは自覚無しか」
 まさかプライベートではあるいまい、と、清貧な私生活を送っているのを知っている葛木は小さく溜息をつくと眼鏡のブリッジを神経質そうに上げた。
 アーチャーは眉を寄せる。
 事件は日々起きているが現在はそう大きな捜査本部が立つようなものには関わっていない。
 ましてや上司から注視されるような――と、もしかして、と思い至る。
「何か、私に付いて注意がありましたか」
「いや。どういう男か聞かれただけだ――上の方に」
「署長とか、ですか?」
 もっと上、と葛木が指を一本立てる。胸の所から、頭上までスイ、とそれを動かす。
「……」
 どうして、そんな。
「君は真面目で優秀な刑事だ、敬虔な信者で、毎週日曜の奉仕作業を子供の頃から続けていると答えておいた」
 ありがとうございます、と頭を下げる。
 ならば教会がらみの相手か。
 やっかいな。
 何に、とは言わずにとにかく気をつけろ、と葛木は低く警告すると、行っていい、とひらひらと手を振る。アーチャーは頭を下げて、業務に戻った。

 昨日の事は忘れたほうがいい。
 血はきっと電話の通りだろうし、鑑識も事件が重なり忙しく、業務以外の調査など出来なかっただけ。あの青年だって、意味深な事を言うのが好きなただの――
「違う」
 そんなわけはない。ただの青年ではないだろう。
(これは――いったい)
 この身の内から湧き出る感情。今まで感じた事のないそれ――あの男を逃してはいけない。あれは敵だ。殺すべき相手だ。憎いとかそういった負の感情ではない。ただ、屠りたい、あの美しい肉体に己の武器を突き立てたい――に、アーチャーは戸惑う。
 今までそんなふうに誰かに執着した事などなかった。ましてや。刑事という職業を選んだのだって、義父がそうだったから。優秀な刑事だと聞いていた。それに憧れて――せめてほんの少しでも、正義を行使する側にいたかった。冷静でなくてはいけない。己の感情に支配されず、きちんと事実のみを見る必要があると教えてくれたのは、あれは義父か、あるいはその後世話になった神父であったか。
「……ッ」
 ぶわりと。
 浮かんで来る衝動を、抑える。
 これは、義父から教わった。
 身体の奥から浮かんで来る、赤い塊が大きくならないように。そっと息を吐く。
 小さく、小さく。掌でくるんで、ゆっくりと圧縮する感覚。
 その赤い塊を、意識して、身体の奥深くに沈める。そこには箱がある。箱は鍵がかかる。箱の中に赤い塊をしまい、しっかりと鍵をかけ――大丈夫、何度も行って来た事だ――箱ごと、身体の奥の、一番深い場所にそっとしまう。
 幼い時には何を意味しているかわからなかった。いじめっこが儚い命をいたずらに奪おうとしていた時、暴力で誰かを従わせようとしている者を見た時、その赤い塊が爆発しそうになった。そうしてその衝動は、余りにも甘美であった。駄目だ、と義父がしっかりと手を握ってくれなかったらきっと――。
 自分は、自分でなくなっていた。
(あの青年が近づいた瞬間、ほんの少し、箱の蓋が開いてしまった)
 それは比喩であったが、確かに厳重にしまい、最近では全く意識しなかったその赤い塊が、あの青年を見た瞬間にぶわりと浮上しかかって――慌てて抑えたのだ。
 おまえは〝何〟だ、と問われた。
 自分こそが知りたい。
 自分は――〝何〟であるか。
 けれども。
『その衝動に身を任せてはいけないよ』
 強く、痛い程に握りしめられたあの掌の記憶がある限りは――。

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