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槍弓純情商店街

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2014年10月12日/A5/P52/原作設定(オムニバス)/イベント価格:500円/通販取扱:とらのあな様 表紙:さかき様

<サンプル>

「あ、じゃあ俺、〝ワカメ酒〟」

 その場にいる者の多くが固まる。
 モデルのお礼にと、商店街の店から色々と商品を貰って、食品系はどうせならと衛宮邸に持ち込んで、士郎はじめ面々に料理してもらい――そのまま宴会になだれ込んだ。
 飲み、食べ、すっかり出来上がった所で、何か飲み物のリクエストはあるかとこの立役者に聞いたところ――とんでもない答えが返って来た。
「えっと、ランサー、それは」
 士郎が言いよどむ。
 もちろん意味は知っている。青少年なら正しく。
 怒りの瞳で睨んで来る凛と、真っ赤になって下を向いてしまった桜も、正しくそれを知っている証拠だろう。
 セイバーとライダーは興味が無いのか、あるいは知らないのか、黙々と目の前の料理をつついているし、アーチャーは冷笑を浮かべて成り行きを見ている。
 大河が早々に酔いつぶれていて良かった。きっと大騒ぎするだろう。どちら方面にか、は予想が付かないが。
「なんでそんな」
 誰かこの英雄にそんな下世話な事を教えたのか。っていうかどうせ教えるのなら、正しくその意味まで教えて欲しい。
 いや、この間商店街のオヤジ共に酒宴に呼ばれて、とランサーが説明する。
「金物屋のオヤジがよ、この世で一番美味い酒ったら、それだ、つうからよ。そんな美味い酒なら飲ませろって言ったら、それは今は無理だとか言いやがるから」
 酒屋のオヤジは酷く怒っていたが、否定はしなかった所を見ると、あながちホラという訳では無いのだろう。
「あ、うん」
 美味いというか、なんていうか。確かにある種の人間に取ってはたまらない味かもしれない。
「ここのメンバーで想像したら、殺すわよ」
「すすすす、する訳ないだろバカ!」
「しないんですか……」
 真っ赤になりながらも、私、先輩になら、などと言い出す桜に、ちょっとどういうことと凛が怒り出す。
「ん? なんだ? ここでも出すのは無理なのか? あれだろ、海藻かなんかをどうにか料理して一緒に出すとかだろ」
「い、いや、その」
 ランサーは、凛と桜のやりとりを眉を上げて見ていたが、ああ、と納得したように頷いた。
「――なるほど。この日本には女性の身体を食器に見立てる文化があるとは聞いちゃいたが、そっちか」
「そんな文化ないから! 特殊嗜好だから!」
 誰だこの男にそんなデマを教えたヤツは。どうせまたろくでもないオヤジどもだろうが。
 金物屋のオヤジが、とランサーが口に出して、その場の多くがまたそいつか、と頭の中でその薄い頭髪の後ろを小突いた。
「まあ恋人同士ならそういった趣向もたまにはいいのではないでしょうか」
 いきなり口を開いたのはセイバーで、全員が一斉に驚いて見詰める。
「え、ちょ……意外……」
「だだだだ、駄目ですからね! 先輩はそんなハレンチな事はしないです! 最低です!」
「桜、落ち着いて。先ほどの己の発言を貶めていますよ」
 ぱくぱくと真っ赤になって何も言えない士郎を、セイバーがいぶかしげな表情で見返す。
「掌にお菓子を載せてあーんっていうアレでしょう。中々に可愛らしい」
 あ、なるほど。
 全員がほっと胸を撫で下ろす。
 と、それまで黙っていたアーチャーが低く毒づいた。
「誰かこの犬をつまみ出せ。空気が悪くなる」
「って、酷えな、今のは俺の――せいか、うん」
「まったく下品極まりない、呆れてものも言えん」
「いやちゃんと意味を知ってたら、こんな嬢ちゃんたちの前でなんて言わねェって」
「どうだかな。歩く卑猥物は信用出来ん」
「はあ? どういう意味だよそれ」
 は、とアーチャーが吐き捨てる。
「貴様の脳味噌は正しく言葉を受け取る事も出来ないのかね? うむ、それは失礼した。どうせ酒宴の席でも下品な振る舞いをしているのだろう。英雄色を好むと言うが、ここは現代だ、少しは慎め」
「そういやランサー、膝に女の子を座らせるのは日常茶飯事だって言ってたもんな……」
 士郎の言葉に、えー、と主に女性陣から白い目が向けられる。
「はん、男たるもの、それくらいの気概が無いと、なあ?」
「でもそれは、ランサーくらいのイケメンがやればいいけど、普通の男がやったらただの不審人物で、下手したら通報されるから」
「いやいやぼうずも十分にイケてるから大丈夫だって」
 桜の背後が一瞬ざわつくが、士郎がしないから! と大慌てで言い返したのを見て、そっと落ち着く。
「ふ、命拾いしたな駄犬」
 アーチャーがくいと酒を呷る。
「貴様が生きた時代とは大きく異なる。古代人のモラルは通用しないから肝に銘じるがいい。まあ、そんな姿を見かけたら、通報される前に私が殺してやるから安心しろ」
 そう吐き捨てるアーチャーに、仲が良いですね、とセイバーが頷く。
「ランサー、どうせならアーチャーに頼めばいいのではないですか? すごい料理スキルと聞きましたし」
 もぐもぐとリスのように頬袋を膨らませながら、にこやかに言う。

「ワカメ酒、とやらを」

 やはりこの騎士王、全く理解していなかった。
「ちょ、セイバー、何を」
 慌てるアーチャーに、ランサーがにやにやする。
「いやセイバー、こいつじゃあワカメ酒じゃなくてシラス」
 ガタン、とアーチャーが立ち上がる。
「表に出ろ! そのふざけた口を二度と利けんようにしてやる」
「おお、いいぜ。その喧嘩、買った!」

 外に飛び出して行く二人を見送って、士郎は小さく溜息とも付かぬ息を漏らした。
「金物屋のオヤジ……頼むからもうランサーに変な事吹き込むなよ……」
 元凶たる薄い後ろ頭に、凛の本気のガンドがお見舞いされかねない状況にだけはなって欲しくないと、士郎はそうっと胃を押さえた。

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