Offline - Book-list(2014-2)
Beautiful Life
2014年12月30日発行/A5/P100/イベント価格:1000円/通販取扱:とらのあな様
皐月さんとの合同誌
表紙:crimo様
<サンプル>
飛べ。
一番最初に命じたのは、それだった。
用意された部屋は二階で、ギリギリ飛び降りられない高さではない。
それでも素人なら怪我をしたり、躊躇したりするだろう。
ランサーはしっかりと時嗣がシーツに包まって背に密着しているのを再度確認すると、窓枠を蹴る。
地面に転がって衝撃を殺す事は出来ないから、着地した時に地面を蹴ってそのまま走り出す。
避けろ。
小さく叫び、己もジグザグに走る。このスピードなら、窓から狙われても当たる事はない。
と、隣を凄まじい勢いで動く影がベンツまで走り寄るのが見えた。
トランクから魔法のように取り出したライフル銃で――おいおい一般人がその武器は不味いだろうにと、ランサーが苦笑する――窓からこちらを撃っている男の肩を撃ち抜く。
ランサーは肩の無線機で己の部下に、短く指示を出した。
ホテルの名前と番地、そこに子供が監禁されている可能性がある事、全ては秘密裏に、しかし迅速に処理するように、と。
「ホテルに誘拐された子供がいる、と?」
ベンツの運転席に乗り込むアーチャーの隣に、ランサーも滑り込む。助手席のダッシュボードを開けると、そこには予想通り、短銃と銃弾が鎮座していた。アーチャーからライフルを受け取り、代わりにそれを渡してやる。銃弾は己の銃でも使えるので腰のポシェットに入るだけ突っ込む。コンバットナイフも数本あったのでベルトに装着する。細身のそれは投げる事に特化しているのか、アーチャーの闘い方の基本を把握する。よこせと手を出すのに数本渡してやると、アーチャーは執事服の内側に細工してある固定具にそれを差し込んだ。さきほどは警察本部に乗り込むから、丸腰だったのだろう。
「流石に彼女も、実物を見せないと交換に応じないだろうからな――死体でなければいいんだが」
相手が身代金目当てのプロの場合、子供の命は無事な事が多い。今回も母親が相手で、しかも交換だから、生かされている可能性が高いが、いきなり銃を撃ち込んで来るような相手だから万が一という事もある。
「言ったろ、あのホテルのオーナーは元軍人だって。彼女もそれを知っていて、万が一の望みをかけてあのホテルを人質交換の場所に指定したんだろう。赤ん坊がいるのを、不自然に思ったオーナーが助けてくれないかと、僅かにでも思ったに違いない」
それはかなり低い確率であったが。
そう彼女が思った事が、今回の早期発見に繋がったのだから、時嗣はとても運が強いのかもしれない。
「――もし、さっき私が」
ハンドルを握る手に僅かに力が入るのが解り、ランサーはちらりとそちらを見た。
「自分達だけで対処する事を選んだら、どうするつもりだった」
「作戦そのいち、あんたにこの赤ん坊を預けてどっかに隠れてもらって、その間に誘拐された子供の匂いが解るものがあればゲイルに探させる」
実は介護犬になる前には、警察犬として訓練も受けていてね。
「優しすぎるからあんまり向いてないんだけどな――子供は大好きだから、めちゃめちゃはりきって探し出すだろう」
数日前に会った子供の匂いを覚えていて、その姿が荷物扱いされているのを不自然に感じて吠えるほどに賢い。あれがトランクではなく毛布にくるまって抱かれていたらゲイルは吠えたりはしなかっただろう。
「作戦そのに、子供の匂いが付いた物が無かった場合、坊主とゲイルをオーナーに預けて俺たちでそれらしい部屋を片っ端から当たる」
部屋に付いている隠しカメラをなんとか見せて貰えるよう頼み込んで。セックスしていない部屋を当たればいいのだ。
「作戦そのさん」
「――もういい」
つまりは瞬時に幾通りもの作戦を考え、実行する能力があるのだ。
「誘拐された子供を助けたいのなら、時間稼ぎしろ。このまま遠坂の屋敷に逃げ込むと、取引は失敗だと確実に殺される――まだチャンスはある、と奴等に思わせるんだ」
遠坂の屋敷に監視を付けていない筈は無い。車が戻らなければ、その間は反撃、あるいは交渉が可能だと判断を保留するだろう。
「選べ」
強い視線でそう言うランサーを、アーチャーは見返す。